池友会創設者よりご挨拶

社会医療法人財団池友会 創設者 初代理事長 理事長 蒲池真澄が語る、これからの10年。

社会医療法人財団池友会 創設者 初代理事長

社会医療法人財団
池友会 理事長

蒲池 真澄

昭和15年4月14日、福岡県八女群黒木町生まれ。
蒲池家は江戸中期から医師で会長が9代目。九州大学医学部卒。虎ノ門病院、九大大学院医学研究科、下関市立中央病院、福岡大学医学部を経て昭和49年、下関市で救急指定の下関カマチ病院を開院し独立、昭和56年北九州市小倉北区に小文字病院、昭和62年福岡和白病院を開設し院長に、平成15年からは会長に就任。

 昭和49年、19床でスタートした下関カマチ病院から36年。カマチグループは病院21、学校7を運営する医療法人として成長してきました。これからの1年間は回復期のリハビリテーションにも一層、力を入れ、今後、首都圏で10~20の回復期医療施設を新設し、高齢化社会の医療に携わる者としてスタッフ一同、最善の努力を続けます。

Q:いつも医療の最前線を疾走しているように見受けられますが

蒲池:下関カマチ病院を開院したときから「厚生省(当時)の政策を10年先取りして動かねば」と考えてきました。当時、救急対応していたのは当院と久留米の聖マリア病院くらいで、普通に治療をすれば助かる患者さんが手遅れで亡くなっていました。国内で事故に遭えば、ベトナム戦争の戦場よりも死亡率が高かったのです。小倉に小文字病院を開院し、よその病院が受け付けない患者さんを、うちの技術と医学知識で治療し、全体をレベルアップさせてきました。福岡、北九州の医療現場から「タライ回し」を無くしたのです。

Q:医療搬送用ヘリコプター「ホワイトバード」も活躍していますね

蒲池:24時間365日体制のER救急センターは十分に機能しています。救急にはスピードが勝負です。地上を救急車で時間をかけるよりヘリで拠点病院に搬送し、ICUで治療を受けることで救命率は上がります。医師や看護師、パイロットや整備士が常駐し、救急に備えています。

Q:ユニークな施策で話題になっている武雄市の樋渡啓祐市長。長年、赤字だった武雄市民病院も巨樹の会が運営を始めてから順調なようですね

蒲池:市民の健康や生活改善に熱心な樋渡市長さんと一緒に、病院のお手伝いをさせていただきました。市民の皆さまにも喜ばれているようです。現在、新しい病院を建設中で平成23年には竣工します。急性期や回復期と合わせて135床の規模になる予定です。

Q:首都圏に5つの病院があり、うち4つは回復期リハビリテーション病院ですね。

蒲池:誰もが高齢化して行きます。将来は医療費のほとんどが老人医療に占められることは明白です。日本の年間医療費は約35兆円で、ほかに高齢者の介護費が10兆円かかってます。国は医療費抑制に力を注いでおり、10年先を読んで対応できない医療機関は今後、脱落していくでしょう。そこで、この先、10年で首都圏に10~20の回復期施設を展開し、そこでの地域医療に尽くしたいと考えます。

Q:リハビリテーション重視はいつごろから?

蒲池:下関で救命医療に励んでいたとき、当時18歳の若いセラピスト山崎嘉忠君が就職してきました。当時は早期のリハビリはいけないとされていました。しかし、彼が手術後の患者さんにリハビリを施すと、何もリハビリをしない患者さんと予後が違っていました。あきらめていた患者さんもその様子を見て、生きる希望が湧き、リハビリに向うようになったのです。

Q:だから多くのPT、OTを育成されているのですか?

蒲池:急性期病院の医師は患者さんの生命を救うことに全力を傾けます。一方患者さんからすれば命が救われた後は、健康だったころの「日常生活動作(ADL)」の回復を考えます。歩行、食事、衣服の着脱や排泄、入浴などの動作です。救命がADL回復のスタートで、診断がついた時点からリハビリが始まります。後遺症が発生した患者さんでも3ヶ月から半年リハビリを受けることで約8割はADLレベルが回復し家庭に戻れるようになります。しかし看護師、PT、OTや言語聴覚士(ST)はまだまだ不足がちで、6つの専修学校で育成を続けています。

Q:今後は首都圏でも池友会イズムを発揮ですか?

蒲池:病院の運営はオーケストラの演奏によくたとえられます。ヴェイオリンやフルートなど実に32種類もの楽器が指揮者のタクトの元で最高の演奏を聴かせます。病院も医師だけでなく看護師や薬剤師、技師、訓練士、事務、厨房、清掃など全職種が責任を果たしてこそ全体のハーモニーが生まれ、最高の医療現場となります。私は今後も「手には技術、頭には知識、患者さまには愛を。」をテーマに命を懸けて進みます。基本は、救急救命です。レベルアップを進行したい。それを支えるリハビリです。